東日本大震災から8年/今を生きる私たちはどう生きるべきか?

東日本大震災から8年/今を生きる私たちはどう生きるべきか?

2011年3月11日巨大地震が岩手・宮城・福島を襲いました。

その日僕は、岩手県に居ました。

学生だったので、地震があった14時46分のとき学校に居ました。

友達と廊下で話をしているときに今までに経験もしたこともない強い揺れを感じました。

すぐに友達数人と教室に入り訓練通り机に下にもぐりました。

揺れが続いた約2分間怖くて震えが止まりませんでした。

教室の中には、女子もいました。

その方は、怖くて泣いていたのですが、僕の友達は、自分自身も怖いはずなのにずっと声をかけて励まし続けていました。

僕は、情けなくなってしまいました。

そして、その友達が凄くかっこよく見えました。

僕も何かしなければといけないと思い友達と一緒に励まし続けました。

そんなことがあるくらい地震は長かったです。

地震の揺れがある間、学校や地域のサイレンが鳴り響いていたのですがそれが余計に怖さを増させていました。

今でもサイレンの音を聞くとあの揺れのことを思い出してしまいます。

地震が収まり教室にいた先生の指示で外のグランドへ避難しました。

避難途中にも何度か小さな余震がありました。

幸いにも校舎の被害は少なく窓が少し割れた程度でした。

僕が通っていた校舎は、かなり古かったので地震の揺れがあったときには、崩れてしまうのではないかと何度も思いました。

グランドに避難してからは、何度も襲ってくる余震に耐えるばかりでした。

その後、集団下校されることが決まりました。

帰る方向ごとに班でまとまり必ず先生がついての下校でした。

今思うとこれは、間違っていたのではないかと思います。

今、地震や台風があれば保護者の迎が無ければ帰れないようになっていると思います。

集団下校したのは、周りの学校を見てみても僕が通っている学校のみでした。

その時は、先生たちも大変だったと思います。

進んでは、余震があるたびに周りの建物から離れしゃがみを繰り返しながらの下校でした。

子供たちに怪我をないように気を使いながらの下校だったのでとても神経を使う大変な仕事だったと思います。

本当にその時の先生には感謝しています。

いつもの何倍もの時間をかけての下校でした。

家についてみると親や近所の人たちが外に出ていました。

その時、親が抱いていた飼い犬の不安そうな顔をしていました。

人間では感じないようなことが動物には、感じることが出来るというような話がありますが本当にそうだと思いました。

雪がちらつく中の出来事でした。

もちろん、電気ガス、水道は使えませんでした。

結果的にすべてのライフラインが復旧するのに1週間程度かかったと思います。

僕の家は、内陸部にあったので津波の被害は、ありませんでした。

津波が沿岸部を襲ったということを知ったのは、確か3日後だったと思います。

家の前の道路が沿岸部へ行く道だったので、警察、消防そして自衛隊の車両が途切れることなく列をなして走っていく様子を何度も目にしました。

電気が復旧してテレビで津波の様子を見たときは、言葉を失うというのはこういうことなのだろうという風に思いました。

漁船、車、民家が次々に大きな黒い濁流に飲み込まれていく様子を何度もテレビは映し出していました。

さっきまで動いていた車が波に飲み込まれている様子も映し出されていました。

その様子を見て初めてみて本当に大変なことが起こってしまったと実感しました。

それとともに今まで見てきた警察、消防そして自衛隊の車列の意味を理解しました。

連日報道される震災関係のニュースで死亡者、行方不明者の数が増えている事を見ているだけしか僕にはできませんでした。

これが僕の震災体験です。

報道では、警察、消防そして自衛隊の活躍が報道されていますが、皆さんに知っていて欲しいことは、その中に地元の建設業者の働きも大きかったということです。

重機を持った業者が緊急車両の通れる道を確保に貢献したのです。

僕も緊急車両の車列の中に重機を載せたトラックというものを何度も目にしていました。

この震災を経験して僕が思ったことは、日本人のいざとなったときのチームワークの強さです。

幸いにも僕は、親戚、友達を一人も失いませんでした。

しかし、この震災では、

死者15,895名、行方不明者2,539名 (3月9日時点)
引用;ウィキペディア (Wikipedia): フリー百科事典 
東日本大震災 https://ja.wikipedia.org/wiki/東日本大震災

この数字を見てもらえば分かるように多くの尊い命が失われてしまいました。

生きたくても生きることが出来なかった人たちが沢山いるのです。

「今を生きる私たちはどう生きるべきか?」を僕がこれをサブタイトルにした理由は、身の回りでいじめやパワハラ等が起こっていませんか?

それらによって苦しんでいる人はいませんか?

苦しんでいる人がいたらそっと手を差し出すことが出来るような人になってください。

苦しんでいる人は、一人で悩まずに相談できるような人を見つけてください。

身近に相談が出来る人がいなければ文部科学省が運営している「24時間子供SOSダイヤル」を利用してみるのもいいかもしれません。

リンク http://www.mext.go.jp/ijime/detail/dial.htm

パワハラで悩んでいる人は、厚生労働省が運営しているサイトに相談窓口があるのでそこから相談してみるのもいいかもしれません。

リンク https://www.no-pawahara.mhlw.go.jp/inquiry-counter

一番いいのは、いじめ、パワハラが無くなるということですが、残念なことに自分勝手で他人のことを一切考えることが出来ないという人は、少なからず存在してしまいます。

とにかく僕が言いたいことは、一人で悩み込まないで下さいということです。

誰かと話をするだけで気持ちが楽になることもあると思います。

身の回りに相談できる人がいなければSNSでもよいのでとにかく相談できる人を見つけましょう。

ここで、気を付けてもらいたいのは人の弱みに付け込んで悪いことを企んでいる人がいるということを忘れないでください。

あと、どんなにその人を信用していても会いに行ったりしないようにしていてください。

「SNSの時は、優しかったのに」というようなことがあると思います。

なので、個人情報はあまり言いすぎないように気を付けてください。

僕で良ければ、話し相手くらいにはなると思うので、暇な時にでもTwitterのDMでお話ししましょう。秘密の厳守は、必ず守ります。

僕自身は、恐らく悪いことを企んでいる人間に含まれていないと信じたいです。

リアルで会うなんて僕にはできません。

こうして匿名上の中でしか生活できないわけですから…

震災を乗り越えて生きている大切な命です。一つも無駄になんてさせません。

誰も予想していなかった震災で突然失われてしまった方の分まで僕たちはしっかりと生きないといけないのです。

いじめ、パワハラ辛くなったら逃げればいいのです。

前にあったドラマのタイトルで「逃げるは恥だが役に立つ」というものがありました。

僕はこの言葉はとても好きです。

いじめ、パワハラから逃げるということは、恥ではないですが、とても勇気がいることだと思いますが、辛い現実から逃げ出すことも必要です。

学校で嫌なことがあって行くのが嫌ならば、登校しないで家に引きこもればいいのです。

会社で嫌なことがあって行くのが嫌ならば、出社しないで家に引きこもればよいのです。

絶対に学校で勉強しなければ、将来困るという風に言って学校に無理やり行かせる人がいるかもしれません。

絶対に会社に勤めなければ、給料が貰えなくて困るからと無理やり生かせる人がいるかもしれません。

そんな人の言葉なんて「無視しましょう」

その人は、どれだけ話しても自分が困っているかなんて理解できないことでしょう。

だって、人の価値観を押し付けようとするような人なのですから。

命さえあれば、勉強が出来なくてもお金が無くても何とかなるのが日本です。

生活保護制度もしっかりと整っています。

ある人は、「人の税金で暮らしているなんて」と言うように言ってくるかもしれません。

またある人は、軽蔑の目でこちらを見てくるかもしれません。

でも、そんな弱い人を守るための制度を利用しているわけですから気にする必要はありません。

そんな、言葉や視線を送る人が存在しているから悩んでいるわけですから。

「他人の嫌がる言葉や視線を送る人」というものは、自分がしていることがどれだけ愚かであるかということを理解していないのです。

その様な人がいなくなり誰もが安心して暮らせる環境になっていけるように一人ひとりが他人を思いやる気持ちを忘れずに生活する必要があると思います。

繰り返しになりますが、

「命を大切にしてください。」

「決して人を傷つけるような人間にはならないでください。」

震災以降僕は、毎年3月11日を迎えるためにこのようなことを考えていました。

どこかでそれを発信する場所を探し続けていました。

僕は、人前に出ることがあまり得意ではないので今回このような形で発信させてもらいました。

ブログを3月までに始めることにこだわっていたのは、3月11日にこうして僕の言葉を発信したかったからです。

文章を書くことは、あまり得意ではないのですが、誰か一人にでも僕の言葉で救うことが出来たのならばとても嬉しいです。

本当ならば、このブログをもっと大きなメディアにして多くの人に届けたいのですが僕一人では、できそうにありません。

僕の言葉に共感してもらえたのならば、行動で周りの人に良い影響を与えて下さったらとても嬉しいです。

【おすすめの商品を紹介するアフィ活】

震災グッズは、セットになってリュックに入っているものがベストだと思います。

 

もしもの時にすぐに持ち出せますからね。

自分で、個々に揃えようとすると買い忘れ等があるので専門の人が本当に必要なものだけを集めてセットに販売しているものを購入した方が心感もありますね。

非常食は、最低でも3日分もっと用意できるのであれば5日から7日程度準備する必要があると思います。

震災があると食べ物が手に入らなくなってしまう事があるので多いに越したことはないです。

東日本大震災の時は、店内がぐちゃぐちゃになってしまって購入が出来なくなっていました。

そんな中で、店員さんが震災当日から売れるものをかき集めて電気がないのでレジを使うことが出来なかったので、電卓で会計をして紙に販売したものを記入するなどして対応していました。

自身も家や家族のことが心配のはずなのに真っ暗な店内を懐中電灯片手に商品を集め余震で、商品棚が新たに倒れてくる危険性がある中、業務をこなしていただいて感謝しかありません。

それと同時に非常食の重要性を思い知らされました。

今では、非常食の種類も多く味にこだわった商品なんかも沢山発売されています。

 

その分、値段もお高めですが震災があると食の重要性について分かると思います。

インフラが回復まで食べることが楽しみでした。

僕は、まだ恵まれていてお店に行けば並べば食べ物を買うことができたので、沿岸部や被害のひどかった地域では、一つのおにぎりをみんなで分けて食べなければいけなかった方々がいたということを報道で知ったときは、ショックでした。

もしもの時にすぐに持ち出せる場所に持ち出しやすいものを用意しとくといいですね。

東日本大震災は、特殊で津波被害がひどかったのでそれも原因だと思います。

もしもの時は、命を守ることを最優先にして行動してください。余裕があれば防災リュック等を持ち出してください。

あると便利なものは、防災アルミシートというものです。

 

恐らくほとんどの防災リュックに入っていると思います。

防災訓練で一度使ったことがあるのですが、この商品を考えた人天才だと思います。

小さく梱包され商品自体も薄いのに包まるとかなり温かくなります。

持っていて損はないと思います。

今回は、防災に視点を当てて商品紹介をしてみました。

各家庭ごとにどれだけの非常食や水が必要かもう一度ご家族で話し合うきっかけになれば幸いです。

※もし、リンクからの商品購入があった場合は、これから先1か月分の利益合計(他の記事も含む)の一部を震災関係の団体に寄付させていただきます。

時事ネタカテゴリの最新記事